
中庭からつながるガレージの裏側。二階部分が車庫になっている
『赤いティーシャツのムッシュー、ちょっと家具と空』
『カンパーニュでは木が落ちる!』
『近所づきあい』 のつづきです。
トラックの運転手といっしょに、スクーターの入ったどでかいダンボール箱を家の門のなかにひきずりいれることになんとか成功したわたしたち。
トラックを見送ると、マーセルはさっさとダンボールをほどきはじめた!
なかには、鉄でしっかりとつくられた骨組みのなかにわたしのバイクが!
・・・しかし。うん?待てよ。ハンドルはどこ?グリップは?なんだか中にはバイク以外にえらく小さい箱がいくつも入っていた。
マーセルは、ハハ〜ンと鼻を小さく鳴らしたあと、「ドライバー」とわたしにいいつけた。
「バイクの組み立てってできる?」と、インターネットで注文する前に心配そうに聞いていたセバの顔が頭に浮かんだ。わたしは若いころ、日本でスクーターに何度か乗っていたことがあるが、買うたびにそれは完璧なかたちでそのままエンジンがかかるようになっていた。まさか自分で組み立てるところがあるなんて考えてみたこともない。
いそいそと、すこし前に買った工具箱をとってくると、彼は鉄の骨組みをドライバーを使ってばらばらにしたあと、こんどはバイクのハンドルを取り付けにかかった。
箱のなかに入っていた説明書はなぜか英語。フランス語のものはなく、バイクとネジ、ハンドルなどを交互にじっと睨みつけるマーセル。
わたしの持っていた工具だけでは足りなかったようで、道路を渡って自分の電動ドライバーなどをとってきたあとは話ははやかった。彼はバイクの荷台につける小さい荷物入れも取り付け、その間、自分はいかに長い間バイク乗りだかをわたしにひっきりなしに説明した。
よし、完成。バイクのエンジンをかけてみる。しかし、プスプス・・・という小さい音がしただけでエンジンはかからない。
「バッテリーを充電しなきゃね。うちに充電器があるから」
彼はいま取り付けたばかりのバッテリーを再度取り外し、自分の家のガレージに持って帰った。
夜、セバにマーセルが帰ってきたことを話すと、彼はさっそく、何度か使ってそれから動かなくなってしまった芝刈り機をマーセルにぜひ披露したいと申し出た。いくら検査のための入院とはいえ、病院から帰ってきたばかりだから・・・とわたしは言ってみたが、そんなことは誰も気にせず、マーセルはうちの中庭でなぜ芝刈り機のエンジンがかからないのか、おかしいところをチェック。「疲れてないの?」と聞くと、「だれ?僕かい?いままでの人生、一度も疲れたことはない」と言い切るマーセル。結局彼は病院から帰ってきてからずっとうちにいて作業をしていたのだった。
次の日。
ピンポ〜ン♪とチャイムが鳴った。みると、マーセルがうちの車庫の前で腕組みをして考えこんでいる。
車庫は道路に面していて、家のすぐ左脇の別棟にある。門は鉄でできており、家を囲っている鉄の柵と同じ唐草模様、それじたいはとてもいいものなのだが、なにせ古い。この家が建てられてから一世紀経っているならば車庫もまたしかりであり、車庫の扉を覆うように屋根からしっかりと大柄な蔦が根をおろしている。その蔦が多すぎて、扉が開かない状態。
車庫じたい、車がせいぜい一台入る大きさだし、夏だったし、で、うちは車をずっと外に停めていたのだった。
わたしが門の外にでていくとマーセルは、「きみのバイクを入れないとね」といった。・・確かに、わたしのバイクは一晩、家のなかにいれて玄関に駐車していた・・・。
彼は、大きなはしごと木の枝などを切るようの大ばさみを持ってきて、はしごに登り、ちょきちょきと蔦を切りはじめた!
わたしはすごい勢いで山になっていく蔦をほうきで掃きあつめ、彼は車庫の扉を開けることに成功した。
扉を開けてみると、こんどは中。高い天井はここぞといわんばかりに古いクモの巣のオンパレード。「そうじ」とマーセルに言われて、わたしは青くなった。わたしは声を大にして言うが、虫が大の苦手である。小さいときはそりゃトカゲの尻尾を切って遊んだこともあるし、クワガタなんかを買ってかわいがっていたこともあったけれど、それは昔の話。そのへんは今はぜんぶリラさんの担当になってます。
ほうきを片手に恐ろしくて固まっていると、マーセルはわたしのほうきを奪ってさっさとクモの巣を払いはじめた。それをみていたら、ハッ、じぶんの家の車庫で、いつまでもクモの巣をにらんで固まっているわけにはいかない、とわたしも思い立った。もう一本ほうきを取ってきて、下のほうの、ホコリだかクモの巣なんだか灰色でよくわからなくなっている部分をわたしはなんとかそうじした。
30分後にはなんとまぁ車庫の空気も入れ代わり、なんとか使えるように!わたしは頭や肩にゴミをつけているマーセルを発見してそれを払った。これでめでたくバイクに・・・!と思った矢先、まだまだ問題が!
「事故保険に入らないとね。ナンバープレートもつけないと運転できないね。それからヘルメット!かぶらないと手錠かけられるからね」と右から左から隣人のありがたい忠告を日々受けながら、しかしすこしずつわたしの田舎での自立の日々が近づいてきた。

わたしのスクーターを試し乗りするマーセル。大きいバイクに乗っている彼には少々物足りなかったよう
その週末には、うちの隣に住むナンシーの家のさらに隣の住人がきた。
彼らはパリジャンでここの家を別荘にしている。週末たまに一家でぞろぞろと来るようなのだが、初お目見えして、天気がよかったのでマーセルはバーベキューを提案。パリジャン(とみなに呼ばれている)の家の庭には大きいテーブルと椅子がたくさんあるということで、ナンシーはお肉を用意、うちはデザート、マーセル家はワインなどお酒の用意、パリジャンはサラダとアペリティフ、それぞれ分担して、みなで楽しい一夜を過ごした。
頭髪が真っ白、髭も真っ白なマーセルを、わたしとセバさんは勝手に“おじいさん”(失礼)と読んでいたが、実は彼は60歳ですこし前に仕事を定年したばかり、というのが明らかになったのもこのころだった。
5年前までやはりパリジャンだったナンシーの、古くてどうしようもなかった家を見事に修復したのもマーセルの偉業。パリジャンの家の外壁のペンキを塗ったのもなんとマーセルらしい。
まぁ、そんなこんなで、周りとのつきあいがスタートしていったわけです。